2010年度に入って、改正労働基準法が施行された。新たに、残業時間が60時間を超えると、従業員は企業から50%以上の上乗せ賃金をもらうか、あるいは超過分の残業代を有給休暇で「代替」することが可能になった。
新しい制度は残業時間の削減が狙いだが、有給休暇の取得促進への期待もある。また、景気悪化の影響で業績が低迷する企業にとっては、残業代を有給休暇に振り替えてコスト負担を減らしたい思惑もある。
残業代60時間超えると「お金」か「休み」か
これまで、労働時間外(残業)に対する賃金報酬の割合(法定割増賃金率)は、時間にかかわらず一律25%だった。これを2010年4から、1か月60時間を超えた分にかかる割増率を50%以上に引き上げた。
厚生労働省東京労働局は、「新しい制度は残業時間を減らすのが目的。人員削減が進んで残業が長時間化するなか、事業主の割り増し負担を重くすることで残業しないで済むような就労環境を整えてもらう」と説明する。企業に経済的なプレッシャーをかけて残業時間を減らそうというのだ。
たとえば、1か月に72時間の残業時間があったとする。50%の割増率は60時間を超えた12時間分に適用され、残業代はその分と60時間分の割増率の25%分との合計になる。
改正の「目玉」は、残業代を有給休暇としても取得できる「代替休暇」制度の導入だ。長引く不況で企業の業績の先行きはなお不透明なので、「残業代の支払い負担が増えることによって、事業が立ち行かなくなることを避ける」(東京労働局)狙いがある。
たとえば1か月に72時間の残業時間があったとする。代替休暇を取得した場合でも72時間分の残業代が25%の割増率でもらえる。そのうえで取得できる代替休暇の時間数の算定方法は、各企業の労使が協議して決める。
ちなみに、代替休暇は今回の法改正で別途導入された「時間単位」での年次有給休暇の取得と合算することもでき、従業員が休暇を取得しやすくした。
トヨタは「代替休暇」導入せず
ある労働組合の幹部は、「労使協定を結んだからといって、いざ運用が始まったらどうなるかわからない。結果的に社員は残業代ももらえないし、休みも取れないということにもなりかねない」と心配する。同じ思いの従業員は多いかもしれない。
厚生労働省は、「代替休暇は1か月60時間を超えた月末の翌日から、2か月以内に取得する必要がある。また残業代を全額受け取るか、代替休暇を取得するかは社員の意思による」と、必ずしも企業に優位な制度ではないという。
これから労使協定を結ぶ企業が少なくない中で、トヨタ自動車労働組合は会社側との協議を経て、50%の割増賃金(残業代)をもらうことで決着した。代替休暇の導入は見送った。
トヨタ労組は、「年次有給休暇に合算できるとはいえ、時間単位で取得する代替休暇は職場になじまない。工場などの生産ラインは休みがとれる部署とそうでない部署が出てきて、かえって不公平になる」(労組幹部)と、見送りの理由を説明する。また、残業時間を増やさない制度として、すでに休日出勤の「振替休日」を用意しており、取得している人がいることもある。
トヨタ労組は「残業代というのは、働いた分きちんと賃金でもらうもの」としている。